久々の更新になりました。

今年も残すところ僅かになってきました。
思い返すと、今年はあっという間に感じました。ニューイヤー駅伝から始まり、初の室内陸上競技、そこからの屋外シーズン。各シーズンごとに多くの失敗をしましたが、結果を見れば充実した良いシーズンだったなと思います。結果だけでなく、競技面以外でも多くのことを考えた一年でした。

今日はその中で、私自身がこの一年で感じたアメリカと日本との差、またその中でも駅伝についても書いていきたいと思います。

まず、多くの方々疑問に持ち、最近Blogなどでも書いている方がいると思いますが、日本とアメリカの大きな差は何か。ということです。

ずばり、私が考えるのは目的意識だと思います。選手の目的意識がどこにあるか、またそのパートナーとなる指導者の目的意識がどこにあるかだと思います。
選手がトラックのスピードを上げたいと思っているのに、指導者はロードの長距離を走らせたいと思っている。こんなことが日本では多くありますが、僕が知っている限り、アメリカではありません。同じ目的を持った選手が集まって集団になる。それがアメリカのチームです。

私自身、大学時代は学校側の考えと自分の目標との間にそのような事で悩みを抱えていましたが、現在はチームとの間で目的意識の共有ができているので、そこに関してはストレスなく練習に取り組めています。
気になっている方もいるかもしれない練習メニューに関しては、実際のところ日本とそんなに変わりません。違いは「どこを最終目標にして取り組んでいるか」です。それによって同じ練習メニューでも自ずと内容は異なってきます。

かといって、一番勘違いしてはいけないのは、アメリカで練習したから・アメリカに住んでいるから強くなる訳では決してありません。目的と手段は全くの別物なのです。結局どこにいても、その環境で自分が何を目指し、何を選択するかが一番大事なのではないか。そういう事を強く感じた一年でした。

以前からオリンピックなどで結果を残すには、箱根駅伝を経験するべきか否か。その出場はオリンピックなどに弊害となっているか、という記事を目にしますが、それは全く関係ないと思います。
私自身、箱根駅伝は可も無く不可もない大会でした。
常に自分の目標に影響がない程度で、と考えていました。箱根から世界へ、箱根駅伝出身者、などと言われる事は構いませんが、私にとって駅伝というのは通過点でもありませんでした。必要とされていたから、自分に影響のない程度で走る。という意識でした。そして、やはりこの思いは決して自分勝手ではなかったと、ここアメリカにきて強く感じました。まずは自分の目標を大切にし、自分のために競技を楽しむという事ができないと、支えてくれる家族にも、親戚にも、応援してくださるファンの方にもそれを還元できないのだと。

ここまで言うと少し誤解が生じてしまうかもしれませんが、箱根駅伝に対して真剣に臨んでいたのも確かなことです。それは同期の仲間のためです。僕の大学では多くの選手が大学で競技を引退する事が分かっていたので、彼らの為にという気持ちでした。今、誰かの為に大会を選択する事はありません。僕の競技にとってそれがプラスかマイナスかと言われると、疑問が残りますが、一生の友を作るという意味では私の大きな財産に成りました。

長々と書きましたが、自分の選択に色々な意味で責任を取る覚悟があるならば、日本の大学でも自分のやりたいように競技をやっていいと私は思います。目標を共有できる練習パートナーや指導者を探すことは、例えば箱根駅伝を目指す大学の選手であっても、きっと可能なことだと思います。以前の私のように自分とチームとの間で悩みを抱えている方がいるとしたら、自分の目的・目標を変えず、しかしその選択に対する責任を持って、競技に取り組んでもらいたいです。
各駅伝にはそう思っている選手もいれば、その大会を最後に引退が決まっており、必死の覚悟で臨んでいる選手もいます。各選手がその大会をそれぞれどう捉えて、人生の中でどういう位置付けで走っているのか、ということを読み取りながら応援するのも、楽しいかもしれませんね!

話が長くなりましたが、年始のニューイヤー駅伝、箱根駅伝は元いたチーム、母校を応援します!
それではよいお年を!

大迫傑
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